江のブログ

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『半導体戦争~世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』を読んだ感想

 年末年始の休みを使って,米国人政治学者クリス・ミラー著の話題の本『半導体戦争~世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』を読んでみました。500ページ近くある大作ですが,読みやすい文体で,自分自身が半導体の研究に関わっていて業界にはある程度精通していることもあり,なんとか読破できました。本の内容と併せて,自身の経験も踏まえた読後の感想を備忘録的に書いてみました。

 

半導体戦争を読んだ感想

今回読んだのはこちらの本です。本書は米国人の政治学者,クリス・ミラー(Christopher Miller)氏に書かれた本で,話題の半導体サプライチェーンの問題に切り込んだ話題の本となっています。

 氏は,技術・地政学,半導体,ソ連・ロシアの歴史・政治・経済・外交,冷戦史,国際外交史が専門で,タフツ大学フレッチャー法律外交大学院の国際歴史学の准教授です。

この後でも色濃くでてきますが米国人による米国寄りの視点で書かれていて,この点でも日本人著者とは異なる角度での見解も示されていて興味深い内容となっています。

大きく分けて,①米国半導体産業の歴史,②日本のDRAM(メモリ)市場での寡占,③韓国・台湾の勃興と米国の復活,④中国の脅威,という時系列準となっています。

凄かった日本

 本書の序盤では,1980年代に米国の半導体を脅かす国として,日本についてかなり紙面を割いて書かれています。当時いかに日本の半導体,というより日本の産業自体が強かったか,ということが米国側が感じていた恐怖を通じて良く分かります。

 個人的には私自身,当時は子供だったため,幾度となく言われながらも具体的には実感できなく,しかし子供ながらに信じていた「凄いニッポン」というのを実感できます。米国人から見た客観的な視点で,現在の自分の専門分野の文脈で語られるのでなおさらです。

没落する日本半導体

 このあと日本の半導体は,米国のいわゆる日米半導体協定やPCの汎用化に対応できず,韓国のサムスン,米国マイクロンに敗れて没落していきます。

 この部分は本書では比較的さらっと書いてあるのですが,そもそも日本が強かった理由が良く分からないことが気になりました。半導体の品質が良い,生産効率が良い,など競争力が高かった原因がいくつか述べられていますが,それが何によってもたらされたものなのか?日本企業はどういう戦略で市場を席巻したのか?という記述がありません。

 また,日本は長期に分かって市場を席捲していたイメージがあったのですが,そもそもその期間は長くはないことも分かります。日本半導体が隆盛を誇ったのは,長らく続いた米国支配が終わった1980年代中盤から1990年代中盤までで,それ以降今に至るまで長らく米国,韓国,台湾が市場の主導権をもっています。つまり,日本半導体が強かったのは,10年足らずということです。

たまたま強かった日本

 本書で日本強しの理由が書かれていないのは,メインテーマは中盤・後半以降に出てくる台湾中国であり,日本が話題の中心でない,こともあると思うのですが,そもそも日本が世界に必然的に勝つような強みは無かったのではないかと考えています。つまり,個人的な意見ではありますが,もともと日本の半導体メーカが10年足らずしか市場を支配できなかった最大の理由は,『戦略の無さ』ではないかと考えています。

 半導体は市場やアプリ(軍事,データセンター,車載など)を踏まえた戦略が重要なビジネスです。この後に韓国,台湾の例がでてきますが,時代をとらえた戦略がこれらの国の半導体メーカを成功に導きました。しかし,日本がやっていたことというのは,今も同じですが米国のかつてのIBMやインテルがやっていた垂直統合をただ模倣して,戦略もなくただ歩留まりの改善に励むことです。

 つまり,1980年代というのは東アジアが勃興する前というタイミングが良かっただけで,日本企業には戦略性の無さという致命的な問題があり,そのためあっと言う間に先行者優位を奪われたのではないかと考えています。その証左として,よりアプリや装置への投資など戦略が求められる半導体チップ自体はダメになった一方,相対的に地道な開発が奏功しやすい素材や半導体製造装置でうまくいっているもの頷けます。

 

 (ちなみに,現在日本に残っている半導体は,技術を発明したキオクシアのNANDメモリと,ソニーのCMOSイメージセンサー,三菱,東芝,ローム,富士電機などが持つパワー半導体の3つです。NANDメモリは,iphoneやデーターセンターのサーバー向けアプリを他社に作ってもらったことで偶然成功して今大苦戦中といった状態であるのと,パワー半導体は東アジアがあまり手を出していないことでなんとか優位性をキープしている。CMOSは最先端ではないことと,ソニーが優秀だからというのが競争力をキープできている理由だと思ってます。)

韓国・台湾の隆盛

 話を戻して,本書の中盤です。日本の後に半導体メモリ,最先端半導体の製造で今に至るまで市場を押さえているのは,韓国と台湾です。これらの国に勃興の経緯について本書でかなり詳しく書かれていますが,先ほどの日本の成功と対比して,成功の理由がより納得感をもって書かれています。つまり,両者とも時代を読んだ上での『戦略』(に加えて,個人的には東アジア人が共通に持つ勤勉さがキーと思っています)が重要だっということです。

 韓国では,サムスンやSKハイニックスのように,半導体が投資ビジネスであることを見抜いて,特にその傾向の強いDRAMメモリ分野に集中投資し,政府の補助金も活用しながら日本に勝ちました。

 また台湾は,半導体事業の垂直統合(設計から製造プロセス,組立まで自社で一貫して実施)が主流であった時代に,半導体製造という役割に特化する戦略を立てて,今では世界の半導体の35%(本書に記載)を占めるまでなっています。

 一方,日本の半導体メーカはというと,米国のかつてのIBMやインテルがやっていた垂直統合をただ模倣して,ただ勤勉に働くこと(ここは韓国,台湾も同じ)以外に戦略はありませんでした。その結果,一時的には低コスト+高品質で競争優位性を持ってはいましたが,同じがむしゃらさに加えて『戦略』をもつ韓国や台湾に負けたことは必然と感じます。

中国の台頭とリスク

 本書後半の話題の中心は,政府と民間が一体となった中国の半導体戦略とそのリスクについてです。話題になったファーウェイの締め出しや,半導体の輸出規制など,巷で言われているニュースが,米国視点で詳しく説明されているので,より良く理解できます。 

米国中心主義が見え隠れ

 本書を読むことで中国の強引な半導体戦略には辟易する一方,この本は客観的であろうとしながらも,やや米国中心主義的な視点で書かれているのが気になります。

 後半から終盤にかけて読み進めると,中国政府の息のかかった多額の補助金を受けている中国半導体企業に対して,技術的な遅れを必要以上に見下したり,中国のやり方を「詐欺的」など過激な言葉で表現している箇所がちらほらあります(翻訳の問題もあるのだと思いますが)。

 「米国が世界の中心でなければならない,そのためには最重要製品である半導体も世界一でないといけない」という前提にたてば,かつての日本や今の中国は「敵」になるのでしょう。ただ,それを世界の正義かのように同盟国にも押し付けたり,それが世界全体の利益のために当然であるかの論調には違和感を覚えました。

 米国だって現状は世界の技術や競争優位性を持っている故に,中国のような露骨なやり方を採る必要がなかっただけで,軍需産業や現在では半導体産業に多額の補助金注入や他国に圧力をかけたりは中国と同様にやって来たわけです。これらの行為や,何よりこれまで日本や中国に対する強権発動による圧力や経済制裁自体は,中国の産業スパイや多額の補助金以上に悪質に見えなくもありません。

結論が見えにくいラスト

 本書では,事実を書き連ねた序盤,中盤に比べて,後半の中国に関する内容は(相対的に)かなり隠しきれない著者(クリス・ミラー氏)の意見や感情も入っている印象でした。それだけに,本書終盤の中国半導体産業の未来についての言説は,行ったり来たりのなんとも曖昧な結論となっているのが気になりました。

 「中国の半導体戦略は強引で的外れなところもある。しかし技術が伸長しているのは事実であり脅威ではある。とは言うものの,米国は世界一の技術優位性を築いているので取るに足らない問題だが,しかし中国の台湾進攻でそれが脅かされるリスクはある(TSMCの奪取等)。しかし,中国がTSMCを奪ってもそれを機能させることはできないので,当面の脅威はないのだが,しかし・・・」

 といったように,主張に対する反証、さらにそれに反証をぶつける,という展開なので,結局どっちなの?というのが分かりにくかったです。”それぞれの立場のメリット,デメリットを集めて総合的にどちらの可能性が高い”というような論理展開であればもう少し説得力を持たせられたのではないかと思います。

まとめ

 今回は『半導体戦争~世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』を読んだ感想について記事にしました。半導体についての本はたくさんありますが,米国人による米国寄りの視点で書かれていて,この点でも日本人著のものと別の角度で見れてので興味深い内容となっています。500ページの大作ですが,読みやすい文体・内容になっているので,半導体分野に関わる方は時間があるとき読んでみることをおすすめします。